プロレス=ばあちゃんとの思い出

雑談

ブログ開設から4日目突入(3日坊主回避!)

F1以外にも趣味がありまして

F1よりも、もっと以前から好きなことがあります。
それは、プロレス観戦です。
一言にプロレスと言っても団体がたくさんありますが、新日本プロレスのファンです。

最初に見始めたのは中学生の頃

最初に見始めた時は、たしか、土曜日の深夜に放送されていました。
まだ、あの頃はプロレスが結構人気があって、大晦日にはプロレスの生中継が放送されていたくらいです。

まだ中学生だった私は、土曜の深夜まで起きていることができず、タイマーでビデオ録画して、翌日の日曜の朝にリビングで見るのが一番の楽しみでした。

リビングでばあちゃんと観戦

実家では、両親と私、弟、妹、ばあちゃんの6人で暮らしていました。
その中でプロレスが好きだったのは、私とばあちゃんのみ。

毎週日曜の朝に、ばあちゃんと二人でプロレス観戦するのが習慣となっていました。
「今のは痛かろのー。」などのばあちゃんのつぶやきを聞きながら観戦するのが、私はとても楽しくて仕方なかったのを憶えています。

私は当時、武藤の大ファンで、加えて蝶野と橋本も合わせた「闘魂3銃士」が好きでした。
一方、ばあちゃんはアントニオ猪木のファン。新旧闘魂のファンだったわけです。

この頃は、アントニオ猪木がたまに試合に出てくる時があり、猪木が出てきた時には、ばあちゃんはとても喜んでいました。

ばあちゃんとのプロレス観戦は6年も続いた

結局、毎週日曜のばあちゃんとのプロレス観戦は、私が大学進学で地元を離れるまでの約6年間続きました。

それ以来ばあちゃんとプロレス観戦はしていませんが、ちょうどその頃にはプロレス自体がかなり下火になってきていて、放送時間短縮→放送終了というように残念な流れになってしまいました。

私もここからしばらくプロレスから離れることになります。

ABEMA TVで数年ぶりに観戦

世間の人たちからだいぶ遅れてスマホを持った時、ABEMA TVをよく見ていました。
あるとき、新日本プロレスが中継されていて、棚橋が試合をしていたんです。

私が見ていたときには、まだデビュー間もない頃だったので時の流れを痛感しました。
また、新日本プロレス低迷期を棚橋や中邑が支えてきたことも、この時知りました。

新日本プロレスもいろいろ大変だったんだなーと思いながら、中継があってるときには必ず見るようになりました。

内藤哲也が気になってきた

私がプロレスを再び見るようになった頃というのは、オカダカズチカがすごく人気になっていた時期だったんですが、私はそれよりも、内藤哲也や彼が率いる「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」に興味を惹かれていました。

なんで内藤哲也だったかというと、昔大ファンだった武藤のイメージを内藤に感じたからです。
内藤も武藤のファンだったらしいので、ファイトスタイルに表れていたんだと思います。

ヘビー級らしからぬ軽やかな動きで、パワーファイター達をいなすように戦う姿は、私が好きだった武藤の姿に重なって見えました。

はじめはイメージ悪かった

だって、やたら唾吐きかけるんだもん。
はじめは、「なんなんだこいつは。」なんて思ってました。

けれど、しばらく見てたら、そこのところは気にならなくはなってきましたが、唾吐きかけるのはあんまり好きではないです。
コロナの関係で今は見ることなくなりましたけどね。

今はもう内藤の大ファンです

今では、内藤が登場するとテンションが上がりまくりで、ほんとうはロスインゴグッズとか買いたいのですが、
妻からは「やめてくれ。」と言われて我慢しています。

ただ、妻も私の影響でプロレスが好きなようで、「福岡で試合あるときに見に行きたいね。」なんて言ってくれているので、コロナが収まったら、家族で内藤を見に行きたいなーなんて考えています。

それでは、今日はこの辺で

ご覧になってくださったかた、本当にありがとうございました。

また明日も書いていきたいと思っていますので、また当ブログにお越しいただけたら幸いです。

では、また明日!

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